kotonohaananshuのブログ

中世日本文化をこよなく愛するブログ。偉人の名言名句や古典名著、茶道・能狂言・武士道・俳諧・日本庭園・禅(仏教)などについて書いていきます。来るもの拒まず、去る者追わず。

名言名句 第七十一回 孟子 道は近きにあり、しかるにこれを遠きに求む。

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道は近きにあり、しかるにこれを遠きに求む。 ~『孟子』離婁上 十一

 

 

中国戦国時代の儒家、孟軻(孟子)の名言です。

出典は四書の一、『孟子』の離婁上 十一より。

以下、原文、読み下し文、解釈をご紹介しましょう。

 

 

【原文】

道在爾而求諸遠

事在易而求諸難

人人親其親

長其長而天下平

 

【読み下し文】

道は近きにあり、しかるにこれを遠きに求む。

事は易きにあり、しかるにこれを難きに求む。

めいめいその親を親とし、

その長を長として、しかるに天下平らかなり

 

【解釈】

人の道、正しい道は、実はすぐ近くにある。

しかし人は、高遠な理想を追って遠くを見がちだ。

物事のあり方も本体はいたってシンプルなもの。

なのに、もってまわってより複雑に考えたがるのである。

ただ祖先を敬い、年長者を大切にすれば人の道は平らかになる。

 

 

人はとかく、遠く高みにあるものに憧れ、ありがたがるものです。

また、頭脳明晰な人ほど選択肢が多いので、物事を分析しすぎ、

かえって複雑にしてしまいがちです。

 

 

大切なのは、自分の近くにあることに、今一所懸命に取り組むこと。

より早く、より遠くに行こうと、はるか彼方を見て走ると

足元の小さな石につまずきます。

 

 看脚下 ―

 

人生が急に闇に包まれてしまった時、「まず足元を見よ」と禅の公案が教えてくれます。

(『碧巌録』 圜悟克勤)

 

若い時にはなかなか気づきませんが、自分の為すべきこと、すなわち道は、年を取れば、意識し始める前に「なんだ。もうすでに歩いていた」と悟るはず。

 

「道」とは何か。

孟子の趣旨から少し離れますが、例えばこの句の「道」を「幸せ」に置き換えてみましょうか。

 

 幸せは近きにあり、しかるにこれを遠きに求む ―

 

理想のパートナーを求めて。あるいは、誰も成し遂げられなかった偉大な目標に向け、若者は情熱を傾けることがある。

それがかなえば死んでも悔いはない、と。

 

歌人与謝野晶子は、ひたむきに仏の教えを語る、若き出家に恋をする。

そしてこんな歌を贈りました。

 

 やわ肌のあつき血汐にふれも見で さびしからずや道を説く君

 (『みだれ髪』)

 

すぐ近くにある幸せに気づきもせず、人の道から仏の道へと渡ってしまった君。

今も君の肌の下に、あつき血汐が脈々と流れているのではないですか ―

 

いまだ仏道と人道の間で揺れ動く「君」の本心を見透かすように晶子は高らかに歌います。

 

煩悩を断ち、難行苦行のすえに高僧となり、衆生を済度する仏の道。

近くの人と結ばれ、子を為し、家族睦みあい、平凡ながら実り豊かに過ごす人の道。

 

いずれも立派な道です。

 

愚直に己の業に生涯励み、妻を愛し、子を慈しみ、親へ尽くす。

たとえ偉業を達成できなくとも、それが幸せであり、まごうかたなき人の道です。

道には、小さな道や大きな道などありません。

人の前には、ただ一本の道しかないのですから。